嫌いと好きが生み出すパン
若﨑 さゆりさん
パン職人
” 素敵な古民家パン屋さんがある ”
噂には聞いていたが、今回わたしは初めて訪れた。
ガラガラと引き戸を開けると、そこにはズラっと美味しそうなパン達が。
取材をしている間にも、ひとり、またひとりと絶えずお客さんが足を運ぶ。
” 今日はクロワッサンある? ”
そんな会話が度々聞こえてきて、常連さんの存在にはすぐに気がついた。
住宅街の中にあり、公園も近く、駅からも徒歩圏内。歩いて買いに来るお客さんも多くみられた。
「本当は山の中にお店を出したかったけど、結果としてここで良かったんです。
山でやっていたらなかったかもしれない人との出会いがある。」
そう話す店主の若﨑 さゆりさん。
さぞ古民家がお好きなのだろうと思っていたらそうではないらしい。ガラスの破損に雨漏り。
古き良きものと共存するには苦労も絶えないそう。
「当初イメージしていた店舗像ではなかったが、
アイ企画さんにこの場所へ連れてきてもらって玄関を開けた瞬間ここでできると確信した。」
まるでおばあちゃんの家に遊びに来たような親近感のある和な店構えとは対称的に、
ガラガラっとドアを開けると洋なパンがズラりと並ぶ。
このギャップがたまらない。
女性だけでなく男性も入店しやすい雰囲気のため、性別や年齢問わず人気となっている。
若﨑さんがパン屋をやろうと思ったのは高校の時。
進路の壁にぶち当たった時に出会ったのがパンだった。
そのまま国内での修行を経て、フランスへ渡ってさらにパンを学び、地元へ戻り店舗をオープン。
幼い頃から三島で育った若﨑さん。
高校を卒業して東京へ出た時に知らない世界、知らない味が多すぎることに衝撃を受け、
自分がいた世界がどれほど狭かったか思い知ったという。
「田舎でも美味しいものあるよ。美味しいパンが食べられるよって。
今の三島で育つ若者たちにも本場のパンの味を知ってもらいたい。
だから都会で店をやらずに地元へ帰ろうと思った。
自分が生まれ育った場所で、そこで暮らす人たちに美味しいパンを食べてもらいたい。」
店舗をオープンして2年。
フランスで見た小さい子が嬉しそうにバケット抱えて帰っていく姿がここ三島でも見れたことが嬉しかったと笑顔で話す若﨑さん。
本当にパンが大好きなんだなと思ってふと聞いてみるとまさかの返答だった。
「パンは嫌いで、パンよりもご飯派なんです。」
てっきりパン屋さんはパンが大好きなんだと思っていたから驚いた。しかし嫌いだからといって嫌々作っているわけではない。
「パンが大好きだったらきっとなんでも美味しく感じて全部並べちゃってた。
でも嫌いだからこそ、パンが嫌いな自分が食べても美味しいと思えるパンしか並べない。
結果としてみんなに美味しいと思ってもらえるパンができるんです。」
これこそがCa dependさんの美味しいパンの秘密だった。
パン嫌いというと一見ネガティブに聞こえてしまうが、パン嫌いこそが何よりも強みになっていたのだ。
和の建物で洋のパンを売る。
パンが嫌いな店主が美味しいパンを作る。
ギャップだらけのパン屋さん。
店舗名のCa dependはフランス時代のオーナーさんの口癖で直訳すると ” 時と場合による ” という意味だそう。
これからも店舗名にちなんで、季節と共に変わるパン、日ごとに並びが違うパンを楽しみに扉は開かれるだろう。