創り出す世界
中村 志郎さん
靴職人
今回取材させていただいたのは靴職人の中村志郎さん(通称シロさん)。
シロさんと出会ったのは2020年の冬のこと。
以前取材させていただいた大谷さんから「なんでも自分で作ってしまう凄い人がいる。」と紹介していただいた。
工房もショップも自分で作ったというシロさん。
「もともとDIYが好きとかではなくて、webで調べながら、道具も揃えながら作った。工房がないと引っ越して来られないから週に1度通って1年かけ少しづつ少しづつ作った。」
ドアや電球、小窓など至る所にこだわりを感じる作りで、とても初めて作ったとは思えない仕上がりだ。
シロさん一家が移住して来たのは4年程前。お子さんが小学校へ上がる直前にこの地へ越して来た。
自然の中で暮らしたいと考えていたシロさんと、自然の中では暮らしたいけど現実的にどうなのだろうと不安のあった奥さんの夏子さん。
「最初はどうやって暮らすのだろうって想像ができなかった。引っ越す前、この家に遊びに来ても人に会わないし。買い物も大丈夫かなって。最後はもう思い切り。『なんとかなるよ、絶対大丈夫。』って言葉を信じて。」という夏子さん。
そんな夏子さんの不安は暮らしてみたら吹き飛んだようだ。
「来てみたら楽しすぎる。以前は隣近所が近くて人の目がすごく気になる生活だった。外に出かけても『すみません。』『ダメだよ。』って謝ったり、子ども達に注意したり。でも、ここは人があまりいないし、思いっきり遊ばせてあげられる。」
家の前の木に巣箱をつけたら四十雀が卵を産んで、巣立ちまで見届けたそうだ。
家の裏には木の枝や葉っぱを使って子ども達が作った手作りの秘密基地。季節のうつろいを肌で感じながら日々暮らせることも、都会ではなかなか経験のできないことだろう。
「やっぱり虫もたくさん出る。東京に住んでる時って人間の生活がベースだから全てを害虫って思ってた。こっちに来て、自然の中に自分達が住まわせてもらっているから、虫がいるのも、動物がいるのも当たり前。それを排除しようとするのは違うなって思い、受け入れられるようになって来た。」
ただ、映画館とか大きな図書館とか、そういう文化的なものが少ないのが少し残念だというシロさん。
「今は自然で遊んで楽しめるけど、大きくなるにつれて刺激が少なくなって来てしまうかも。部活とか選択肢を狭めてしまわないか少し心配。本人達もこの暮らしを好きでいてくれるなら、それでもいいのだけど。」
都会への憧れは田舎暮らしの通る道。
子ども達が大きくなるにつれ、どんな選択をしてもシロさん達はもちろんしっかりとサポートするだろうし、何かに疲れた時に帰って来れる家が自然豊かなこの場所というのは心強いなと話を聞きながら感じた。
シロさんが靴作りを始めたのは18年ほど前。
「服とか靴とか好きで、古着を買って来てはリメイクしたりしていた。靴を作っている人は当時今ほどいなくて、面白そうだなって軽い感じで始めた。」
最初は趣味という感じで教室に通っていたが、本格的にやりたくなり、働きながら職人さんのもとで学んだそう。
シロさんの靴をぜひ一度履いてみてもらいたいのだが、本当に履きやすい。
革靴であるのに革靴じゃないかのように気軽に普段履きができる。その後のメンテナンスまで気を配ってくださるのも本当にありがたく、安心して履くことができる。
「日本の文化的に革靴の文化って根付いていない。いい靴を買って一生ってない。アスファルトだし、雨も多いし、スニーカーの方がやっぱり多い。鞄とかを売るよりもやっぱり大変。」
その中でよく選んだなって思うと夏子さん。
「子どもが1歳の時に安定した仕事をやめて職人一本にした。大変なこともやっぱりたくさんあったけど、今となっては辞めて良かった。こうして移住もできたし。」
「お客さんの要望もあって、靴だけじゃなくて鞄だったり財布だったりと作るものもだんだん増えていった。靴が作れるとある程度のものは作れる。」
現在、工房では教室も開催していて、靴に限らず鞄や小物など、作り方をシロさんに教えていただきながら製作することができる。
夏子さんに親切すぎると言われるほど、シロさんの教室は一人ひとりに寄り添って進められていくようで、親子で参加することもできるそうだ。
「生活のベースは変えたくない。裕福になりたいわけでもないし。」と夏子さん。
「海のそばに家が欲しい。朝、散歩して階段を降りたら海が理想。」とシロさん。
シロさんの作る靴がこれからも、たくさんの人の日々を潤すこと、そして次はいったい何を作るのかとわたしは密かに楽しみにしている。