豊かさの先に
㓛刀 皓旦さん
暮らしの表現者
三島田町駅のすぐ目の前にある雨降りさん。
小豆島へ移住するため2021年1月、惜しまれつつクローズを迎えた。我々が取材させていただいたのはその少し前のことだ。
取材時間となりちょっと急な階段を登ると、明るい笑顔で㓛刀 彩花さんと娘の葉ちゃんが挨拶をしてくれた。
とても良い天気、12月なのに店内は優しく差し込む陽の光で暖かかった。
店主の㓛刀 皓旦さん(通称ヒロさん)が到着し、カレーとチャイを注文。
まだお客さんが誰もいない店内で柔らかい音楽と調理する音を聴きながらゆっくりとお話を伺った。
雨降りさんのスタートはヒロさんが大学を卒業してすぐの頃。取材時の店名「雨降り 喫茶と民藝」ではなく「amefri」という表記で革を使ったアイテムをお兄さんと製作するところから始まったという。
その後、貯めたお金でヒロさんは半年間の旅に出た。最初の目的地はタイ。「みんなとお別れしたのに2ヶ月で帰って来ちゃったんだよね」と笑って話す。
旅の途中インドのバラナシで出会った10年旅を続けている日本人との出会いがきっかけで早期の帰国を決めたという。
「その人と出会って、旅は長さじゃない、自分がそこにいてどれだけ感じたことを吸収してアウトプットできるのか。長さよりも自分が何を感じるかの方が大切だと思った。」
このことがあって帰国。喫茶をやると決め物件を探した時、最初に辿り着いたのがこの三島田町駅前の店舗だった。
当時は今ほど綺麗な建物に囲まれていたわけではなかったが、ごちゃごちゃしていない場所で落ち着いてやりたかったのでそこはあまり気にならなかったそうだ。その後、この5年で三島田町駅周辺に面白いお店が増えた。その火付け役となったのは雨降りさんで間違いないだろう。
そしてこの場所でお店を始めて5年が経つ。
お店を営みながら自分達の生活が変わって行く中で、メニューや営業時間も変化を遂げながらここまで来た。家族ができて彩花さんがお菓子を担当するようになり、ようちゃんも積極的にお手伝いに手を伸ばす。家族経営になってから、こだわりは保ちつつ執着せずにお店を営むようになれたそう。
「結婚して子どもが産まれて、大変だけどその分幸せ。超大赤字でも心は黒字。」とヒロさん。
雨降りを通じて、うまれた出会いもこの5年でいくつもある。そこに携わることができたこと、出会いがあったことが1番の財産だと続けて話す。
雨降りが人を惹きつけ、そこへ訪れた人同士が惹きつけ合う。日常の中で特別なきっかけを生み出す場所こそが雨降りだったのだ。
「美味しいチャイ、美味しいカレーを出すのは当たり前のことで、それ以前に繋がりとかそういう部分が1番大切」という言葉を聞いた後、いただいたチャイとカレーはやっぱりとても美味しくて、ゆっくりゆっくりと味わった。この空間でいただくこの味に惹きつけられて、大切にしてきた人が本当にたくさんいただろう。
そんな雨降りさんもこの秋、移住をする。
移住先は小豆島。海が目の前に広がる場所で、店内に飾られていた移住先の絵を見ただけで深呼吸したくなるほど素敵な場所だ。もともと5年を目処に移住をしたいと決めていたそうで、そのタイミングで1年ほど前に小豆島と出会った。
1番の決め手は「人」
知り合いが住んでいた小豆島に遊びに行った際に紹介してもらった人達、小豆島で暮らす人達のあたたかさにとても惹かれたのだという。
自分達のやりたい表現を惜しみなくできるところに出会えた。
そこからこの移住計画はあっという間に進んでいった。
今の形態からは変化を遂げる予定で、飲食店という括りではなく「暮らしの表現」という大きな括りで活動していく。自分たちの暮らしを何より大切にしながら、自分たちの暮らしを表現して、それが糧になっていくのが理想だという。
「 “ 仕事 ” はしているけど “ 生活 ” はしていないではなくて、暮らしに重きをおくことが豊かなことだと感じた。」とヒロさんは話す。
確かに日々の仕事に追われて、暮らしを大切にできているかと問われると素直に頷けない日本人はたくさんいるのではないか。わたしもその一人だ。
カンボジアを訪れた際に、物質的な豊かさばかり満たされている自分が悲しくなったのをよく覚えている。この時、ヒロさんの言葉を聞いて再びハッとした。
これから始まる移住先での暮らし。
変わらずこれからもチャイは大切にしていき、さらに面白い表現もしたいそうで準備を進めているそうだ。
「飲みたい人はそこを求めていないかもしれないけど、自分が突き詰めていきたい。得た感覚を自分なりに解釈して独自の表現で出したい。」と話すヒロさんの表情はとても楽しそうだった。
作り手がワクワクを止めないことが1番だろう。
もちろん雨降りさん一家は三島が嫌いになって出ていくわけではない。自分たちに合った場所、自分たちのやりたいことを表現するフィールドが小豆島に変わるだけで、三島での繋がりはもちろん大切にしていくそうだ。三島に限らず全国へ出店というかたちで赴くかもしれない。これからもたくさんの出会いに恵まれる予感しかしない。
「三島はとても好き。素晴らしい飲食店もたくさんあるし、歩いているだけで楽しい。少し前より確実に面白い街になって来ている。街中に綺麗な川が流れているのも魅力だし、これから移住者はもっと増えるかもね。」とヒロさん。
また三島に帰って来た時に、より魅力的な街でおかえりなさいと言えるように我々の活動も止まるわけにはいかない。雨降りさん一家が小豆島の魅力と出会ったように、我々もこの土地で暮らす人々を紹介し続けることで誰かのきっかけに繋がったら嬉しい。
互いに繋がったまま、それぞれのフィールドで、それぞれの暮らしを。